おつかれさまでした

今日は一日、黒い服で過ごした。
午後行われた、告別式に行くことが出来ず。スタジオで手を合わせた。
このブログを読んでくれたリスナーの、かのりん さんから、
「個人的にどうしてもつたえたくて。ラジオで読まなくていいです」という書き出しで
こんなメールが届いた。冊子にもなっている詩が書かれていた。
『最後だとわかっていたなら』
ノーマ コーネット マレック・作    佐川 睦・訳
あなたが眠りにつくのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて 神様にその魂を守ってくださるように
祈っただろう
あなたがドアを出て行くのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが 最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって 毎日繰り返し見ただろう
あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたら
一言だけでもいい…「あなたを愛してる」と わたしは 伝えただろう
たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで 今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
そして わたしたちは 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら 今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと
だから 今日 あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう
「ごめんね」や「許してね」や 「ありがとう」や「気にしないで」を 伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても あなたは今日を後悔しないだろうから

・・・きっとくよくよしていても、あの方は喜んでくれないやろうと思う。
だから、あのかたに「心からおつかれさまでした」と想うことにした。
今夜は、グラス二つにビールを注いで、ささやかに「おつかれ会」。
一日一日を大切に、あのかたに繋いでいただいたいろんなご縁を大切に、
私たちはしっかりと生きていかねばと思う。
あのかたが蒔いたご縁やお気持ちを受け取っている人は、相当数にのぼる。
大勢の人の胸に、あのかたは自由になって生きていると思う。
心からおつかれさまでした。
合掌
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コメント

  1. かのりん より:

    記事にまで取り上げていただいて、ありがとうございます。やのさんにちゃんと伝わっていて、嬉しいです。
    やのさんが、大切な方の訃報を聞かれた日。
    私の身近な所でも、2人の方が亡くなりました。
    人の死は、直接の知り合いじゃなくても、痛くて切ない。
    だけど、亡くなられた人が天国で笑えるように、残された者は精一杯生きていきたいですね(´・ω・)

  2. 砥部の3人の母 より:

    仕事上、やのさんは心情を出せない分、凄く大変だったなと思いながら、マジラジ聴きました やのさんもお疲れ様でした。

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